ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第28話――《アナの信奉者/Ana Disciple》


遠すぎる、実力と意識。

(第27話の感想はこちら)
 第28話「薩摩のフォーブ <前編>」(5月21日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。雑念を捨てて、集中できるようにはなったかと思いきや、やはり歌川有は歌川有……また敢えて銘打たれたのは初めての前後編。焦点が当てられたのは25話で名の挙がったライバルの一角、谷隼人だ。
 また“フォーブ”とは“フォーヴィスム”、野獣派の画家のことであり、野獣を意味する。


―――ゆっくりと、パズルのピースが集まっていくように感じる。月岡父娘に教わった事に加え、狩野俵屋コンビの言葉や戸谷隼人が挙げた名前……問題は主人公にそれらを収束する知識も判断力も無いのではということだが。弥生先生お願いします!


 俵屋先生曰く、有のようなタイプは“漫画のカラー原稿のように”人物画を描いているという。しかし油絵はそういった所謂「ぬり絵」と異なり、色は塗るのではなく「置く」ものだと狩野先生は言う。画面に置いた、『色の響き合い』で見せるものなのだと。


自分で(・・・)探すの・・・それが「油絵」・・・
描いてて(キャンバス)が輝いてきたら・・・それが正解(・・)よ。」


 そこに至る為に近道などはない。ただ、油絵に「肌色」なんて色は無いとヒントを貰う。実際水彩絵の具にはあるそれが油絵の具には存在せず、午前中は肌色に近い色を作ろうとした結果またしてもドブ色に陥っていた。
 そんな有がふと見出したのが、暫定トップ谷隼人の絵である。肌の部分に緑色が塗られているが、離れて見るとちゃんと肌色に見えて美しい。秘訣を本人に尋ねてみたが……ナビ派ゴーギャン梅原龍三郎ゴッホと言われても有はチンプンカンプン。戸谷も初心者の知識の無さに呆れてか見切りをつけた模様。そもそも春季講習の間だけ九州から東京に来ており、色々あってビジネスホテルに一人泊まっている彼には、


「だから悪いけど・・・君みたいな人に構ってる余裕は無いけん・・・」


―――思えば物言いは厳しくとも、素人の有に何度も説明してくれた東山光河は極めて親切な男だったのだ。それは既に芸大生レベルで合格を確実視されている程の実力に裏打ちされた余裕から来ていたのかもしれないが……夢に水菜、小磯に弥生、青木先生と「優しい」先達の一人であったのだと、何故か今はコンクールの場に居ない最強の受験戦士のことを不意に考えた。
 戸谷の態度の方が受験生の態度としては普通であろう。なにしろ有は受験生として全く普通ではなく、技術も知識も標準に達していないド素人であるのだから。そんな奴に一から教授してやる暇も義理も無い。此処は、競争の場だというのに。

 今回有を動かしていたものは、夢を支えられる男になりたい、彼女より上の位置にありたいという状況的に果てしなく無謀な想いだ。苦しむ彼女を助けたいが、自分の戦いで精一杯で彼女を支える力がない己を変えたいという動機。自分がダメである事を認識し、どうダメなのか聞けばいいと毒舌教師に教えを乞う。受験生としてやるべきことは誰しも同じ筈であろうが、その根底が普通と懸け離れているのが歌川有……受験戦争の最中に恋を捨てまいとする大馬鹿者の業である。


 コンクールは一日目の午後に入り、トップが戸谷、歌川有は18位。見ているもの、積み重ねてきたものの厳然たる差。容易に埋まらず、むしろ覆されてはならないもの。予備校に入る前の積み重ねと、予備校に入ってから学んだ諸々を組み合わせて、なお。
 また後編だか中編だか、薩摩の野獣が何を言い何を成すだろうか。受験生というものを、有に見せてくれるのか。

(後日付記:29話感想はこちら)