ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第30話――《沸血の注入/Bloodfire Infusion》


有「わかりました、猛烈に上手くなってみせます」

(第29話の感想はこちら)
 第30話「僕にできること」(6月4日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。何度も言を翻してしまうようだが、歌川有は歌川有だから仕方ない……しかし、だから、彼にしか、できないこと?
 「キミガタメ」、「そして僕にできるコト」……それが『アリエネ』の核心なのか。


 時系列は未だコンクール一日目、青木先生に携帯で順位を尋ねる。戸谷によくなったと言われたものの、ゾウリムシがミジンコになった程度と言われ順位は逆に18位と下がっていた。
 そして自分の事に集中すべき状況でも、片思いする葛飾夢のことを気にせずには入れないのが歌川有。午後から調子を上げてきた彼女は5位、このままならトップ3に入れる可能性もある……しかし、彼女には“コンクール後半でダメになるクセ”があるという。のびのび描けなくなり、ガチガチでマネキンのようになってしまいかねないと。
 「自分に自信が無いのと……不安だからさ……」そんな彼女の為に何をしてあげられるかと問われて青木先生、

「そんなもん・・・
お前が猛烈に上手くなっていくとこを・・・
彼女に見せてやる事しかねーよ・・・」

 ミジンコ受験生でも頑張れば上手くなるって、夢も皆も元気になる。ある意味ひどい言い様であったが、それは歌川有という人間にとって極めて最適な点火材料だったのかもしれない。ポジティブのバケモン。そのように育てられ、そのように育った彼の特質が為に。返ってきた冒頭の言に、教師は瞬時にガソリンをぶちまけるのだった。


「僕が上達することは……みんな(・・・)の力になるんですね!!」
「そーだ!! 自分でもいけるんじゃないかって、みんなが思うんだっ!! 行けミジンコ!!」
「はいっ!! やりますっ!! みんなを合格させます!!」


 そんな80年代式熱血教師の檄にウオオオ、とばかりに燃えてきて、油絵を研究しようと画集を見に書店へ赴いた有が夢に遭遇し、「そうだあたしね、歌川君に・・・伝えたい事があるの……」等と言われて心拍数を上げる頃。教室で月岡弥生が一人、多分に有の絵と画材を見つめる頃……
予備校の講師部屋での狩野先生と青木先生の会話。ここ十数話、油絵の講習が始まってからというものの密かな違和の真相が。何も知らないまま、教わらないまま泳がされていた理由。それは「泳ぐ力」をつけるためであり、


「先に「描き方」を押しつけると・・・
自分で泳ぐ喜びを失ってしまう・・・
絵描きにとってそれが一番悲しい事ですから・・・」


―――思うに有は、なにかと目をかけてもらいつつも4話15話で危惧されたような「やさしく」も、普通に優しくもされてこなかった。むしろ技術的にも知識的にも放置されていた。ある意味それが当然のことかもしれないが、彼自身から学び、教わるのに任せていた。きっとそれは、酷く非効率的だろうに。
 入学当初から皮肉な意味合いで「巨匠」と称された有をどのように教えるのか、と疑問を抱いたのが随分前のことのように思う。青木先生は……有を「有らしいまま」「有自身によって」受験生ならしめようとしているのかもしれない、と無茶極まる想像が沸いた。
 それは予備校の講師というより、道場の師匠というより、なんというか「先生」らしい。恋も受験も両方諦めないと断言した馬鹿者を、手を引くでなく、背中を押す「先輩」、先達。

 これから夢が何を言おうと、それが有にどんな衝撃をもたらそうと、弥生が一体何をしようと。青木先生はきっと青木先生のまま……あ、実は毒舌トップ3の一角という顔が隠れてるんだったか。ともあれ歌川有が歌川有なまま、歌川有だから往く道の歌川有ゆえの結果とその先。
 『アリエネ』の物語を見届けるキモは青木先生にあるのかもしれないと当て推量して、また来週まで。

(後日付記:31話感想はこちら)