ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第8話――”恐れを知らない戦士のように”挑む《命知らず/Reckless Abandon》

挑むは「速水遼平」。問うは”境界なき言語(ゴドーワード)”の王が独り。(イメージ)

(第7話の感想はこちら)
 第8話「良くします」(11月28日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。前回やらかしてしまって窮地に陥った歌川有、それを文字通りにリカバーすべく筆を取る。その行動の結果・是非は次回に持ち越し。なにしろ絵の制作者が「やれるもんならやってみろ。お前に「良い絵」がわかるならな」”課題を突きつけ”、”続きを促して”しまった形になるので。


(あらすじ)東京芸大のアトリエで「速水遼平先生」の製作途中の絵に触れて崩してしまい、「とにかく直さなきゃ」「でもどうやって?」と狼狽する有。
助けを求める彼の脳内に再び祖父の声が響く。「失敗したらやり直せばいい!!」心の先輩ピカソにも後押しされ絵筆を取り、「元より良くしたら怒られないはず!!」とある意味無謀な、暴挙に出る。「人の絵を勝手にいじるなんて…最大の侮辱なのに……」と見ていた芸大生は恐々、しかし集中した有には彼らの声も聞こえていない。
そして遂に現れた速水遼平「俺の絵に何してる……」と彼に蹴倒された有は謝りつつ弁解しつつ、「でっ…でも、大丈夫です!! 僕が直して…もっと良くします!!とんでもない事を100%本気で言った。
そんな彼に対し「じゃあ聞くがな……「良い絵」ってなんだ……?前髪をかきあげ左目をギラギラとさせ、芸大の先生は現役予備校生に問うた。
「それがわかるなら…俺の絵をもっと「良く」してみろ……」
威圧するが如き言葉と眼光に、しかし有は臆さず「はいっ、描きますっ」と応じた。
騒ぎを聞きつけ集まっていた夢たち予備校生も、芸大生たちも、そのやりとりを唖然として見ていたのだった……。(あらすじ終了……どこが粗筋だ)


 有が惚れている夢、彼女が予備校帰りにたまに会いに来てるらしい「好きな人」速水遼平氏。若いが「先生」というのは教授・講師なのか画家として知名度故なのか。夢によれば、元からそういう人間だったらしいが最近ますます「心を閉ざした」感じになっているらしい。
 推量するに芸術家絵描きとしての内面的な問題であろうと思われるが、芸大内での恐れられぶりといい、自分の絵に勝手に手を入れて「もっと良くします」なんて言う変な高校生に本気らしき問い*1をぶつけたりと、見た目の怖さに反し(逆に見た目通りに)色々限界ギリギリなところがあるのかもしれない。

 「夢を叶えて成功しても幸福になれない」というのは作者の新書『資本主義卒業試験』の問題提起の内のひとつだが、「なんとしても美大に合格しないと人生終わってしまう」と考えている有に、「芸大に入っちまえば好きな絵が自由に描ける」と受験に邁進する光河*2。さらにその先の可能性として悩める芸術家……というのはイメージに合わない。疲れている、草臥れているというのは当たっているかもしれない。今の彼を上手く形容する言葉はすぐに浮かんでこないな……。

 他方、夢の「好きな人」が光河かもと思っている有は、それと知らず「好きな人」と恋愛とは無関係な所ででぶつかって、その先の先にどういうことになるだろう。彼は夢と恋仲になれたら幸福かもと思い、彼女を想うばかりで満たされたり煩悶したりと青春を謳歌しているが、そうなるために生きている訳でもない。己らしく己を貫徹すれば結果も幸福も後からついてくる、などということを信じられればどれだけ楽であろうか(楽なだけで、最終的にどうなるかはまたわからんとも言う)。

 想いも理由も、手間も苦労も、結果――さらにその先の結果、その先の先を保障したりはしない。何かに懸ける情熱は確かに力を持つ。しかし結果を出す為だけに捧げられる努力は、危うい。考えない事は危うい。無心である事も危うい。
 その時その時に考え、その時その時を楽しみ、それらを悔いる事が無いように。言うは易く、実践には未だ遠く。言葉を繰り、繰り返しながら物語の海を漂う本ブログの毎日である。
 はたして次回、有が描くもっと「良い絵」*3とは。

(参考記事:ルビタグとは-はてなキーワード)
(後日付記:『アリエネ』第9話感想はこちら)

*1:それはどこかプラトン『メノン』的である。「徳とは何であるか」と問われて「何々が徳である」と返す事はできるが徳そのものは定義し難い。翻って「何々は良い絵だ」と言うことはできるが「良い絵」とは何であるかを”一般的に”定義することは困難と思われる。より「良く」するという有は何を以って速水先生の絵を「良く」したと言えるか。彼の答えは多分に主観的であり、それが速水に速水なりに受け止められることになるだろうと憶測する。

*2:前回の有の言葉に、ことのほか「勇気」に思う所があるらしいが今回の事件もあって詳細は不明。

*3:作りかけの人の作品に手を入れることへの是非はさて置き。近年お亡くなりになった作家・漫画家の後を引き継いで、てな件が複数あった覚えがあるが……生きてる内に勝手にやられたら普通は怒るんじゃないか。でも普通って何だ。芸術家って普通か。でも普通(以下エンドレス)。