《巻き直し/Rewind》、《脊髄寄生虫/Spinal Parasite》/『極黒のブリュンヒルデ』第9話
「まだ大丈夫だ」ドスッ
予知は、変わらなかった―――しかし「その先」があった。そして
……そして、1分間、厳密には五十数秒間にその場で起きた諸々は「なかったこと」になった。
- 主人公が位置の変わっていた寧子のホクロに気づき、彼女がクロネコだと確信したことも、
- 魔法を使う度に記憶を失う彼女が最早過去を思い出せない事実を受け入れたことも、
- これから二人で新しい思い出を作っていけばそれでいいと覚悟を決めたことも、
- そんな彼の目の前で黒羽寧子が文字通り八つ裂きにされて死んだことも、
- その直後に、村上良太が沙織の心臓を鋭利な工具で貫いたことも、
- 沙織が「もう一つの魔法」の使用を強要する良太を斬殺したことも。
―――その全てが、巻き戻る時間に置き去りにされた。ハイブリッド魔女・沙織の「もう一つの魔法」……《転時》によって。ただの一瞬で、彼女がそれを使わざるをえない状況へ追い込んだ村上良太の手によって。嗚呼、その時、お前は何を考えた? その答えは、もう聞けない……岡本倫はドS。
予想外の結果を予想内の要素から実現させた上で、予想していた結果が予想外の過程でもって実現された。予知の通りに寧子が死に、良太が死に、しかし良太がそれを覆させた。戦いとなれば役立てず、実際そうだった筈の彼が――《転時》という反則技が前提とはいえ――「未来を生み出した」。
「未来を変えた」のではない。予知が実現した、その先に行動した結果、むしろ「過去を変えた」。個人を起点とする時間操作が世界そのものを巻き戻すという凄まじい効果の理屈、またそれを実行させた事による代償*1はさて置いて……今回の事が示唆しうるのは、第1話冒頭の“例のビジョン”―――推定予知であるそれの実現を阻止できなかったとしても、その先に物語は展開しうる。むしろその先にこそ、何か*2が見つけられるのではないかという可能性の憶測。
《転時》という異能が魔女・魔法使いの中でどれほどの希少性を持つのかは未だ不明なれど、その存在あればこそ逆にそれを使わずに、それに頼る*3事なしに……そもそも1分間巻き戻した所で、まして使用者以外の記憶が失われる逆行で変えられるものも僅か、ではないか。少なくとも今回、命二つ……使った沙織がイジェクトされ死亡したけれど、その命は「2倍になった」……と言えるのかな。皮肉にも。《転時》の可能性限界については、より強力な使い手が現れた場合*4に論ずることになるかもしれない。
―――はたして、AAクラス殺戮型魔女という強敵にしてかつての同胞という難関の突破した二人。彼女のビーコンを通じて研究所側魔女狩り部隊にも確実に情報がいった以上は今後も油断は禁物だが……とりあえず急ぎ薬を見つけて脱出すれば当座はなんとかなる……かどうかも不安だが、それよりも眼前で起こった事象が二人に不安を煽っただろう。
死から逃れる為に《転時》を使うも、巻き戻った先でハングアップ、体力を著しく消耗した体では逃走もままならず良太に捕まえられた沙織。油断した二人を素手で殺そうと、ビーコンを外そうと試みる良太に応じるフリをして戒めを解かれた瞬間……その「フリ」が本気と捉えられたか、ビーコンが弾け跳んでイジェクトスイッチが入ってしまう。あっという間に融け死ぬ様子を目の当たりにするだけでも衝撃は少なくなかったであろうが……その後に見てしまったモノの空恐ろしさは計り知れない。
魔女に寄生している、謎のイキモノ。およそ無数の眼と口しか見当たらない、小さな肉の塊。
おそらく沙織の死体すら残らない体液の痕跡の中から出てきて、彼女のハーネスト……“Her Nest”、「彼女の巣」へ戻ろうと蠢いた。正視にたえず良太はそれを踏み潰すも―――
「私たちは・・・一体なんなの・・・?
一体・・・何をされたの・・・?」
一人二人で現代社会を揺るがしうる強大な魔力、薬がなければ融け崩れて死んでしまう儚い命。魔女、魔法使い。その存在に内包された謎が、彼女達を異能の存在たらしめると思しきそれが……如何なる意味を持つのか、明らかになる日はおそらく未だ遠く、寧子たちに暗い影を投げかけ続ける。
予想外の展開で予想内の時間遡行が実現した。他ならぬ主人公がそれを実行させた。他方で人外の力を備えながらも人間らしさを保つ魔女が、明確に人間外であることを突きつける。寧子がボケる間も、良太が突っ込む暇も流石にない……
カラー表紙の寧子ニーソ爪先のフェティッシュが唯一の清涼剤……清涼?