山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第29話――《彩色の星/Chromatic Star》
内なる野獣を解放せよ。
(第28話の感想はこちら)
第29話「薩摩のフォーブ <後編>」(5月28日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。状況に光明が見えたわけではない。ただ、今度こそ、本当に迷いを捨てて集中できるようにはなった。期間は、あと一日。
―――私は、私自身の心にいつしか降り積もっていた澱みを告白せねばならない、『アリエネ』に対する心の傾きを。それを自覚させてくれたのは、久方ぶりに更新された作者ブログであった。
今週のFLASH『新・絶望に効く薬』のゲストは、→→Pia-no-jaC←(ピアノジャック)という打楽器カホンのHiro(森冨正宏・30)とピアノのHayato(立成隼人・30)が組んだまったく新しいサウンド『ハイブリッド・インストゥルメンタル』ユニット。
2人の衣装はツナギで、まるで「作業員」のような恰好で現れます。そこでバッハだのモーツァルトだのをガンガン「自分流」にして演奏してしまうわけです。正当な音楽教育を受けてきた人には信じられないような「おきて破り」の連続です。これが僕にはとても心地いい。僕は昔から漢字が苦手で字も汚くて、デッサンも狂う人間です。実を言うと「余計な事は考えないでまずは基礎」という教育に不満があったので、「やらなかった」のです。HAYATO氏のように楽譜の読めない音楽家や、字を知らない文豪なんかに会うと嬉しいです。この国は「勉強のできるいい子」によって被爆した気がしてならないんですよね。何にでも「基礎の前の大事な事」があるんじゃないですかねぇ。
「真面目も休み休み言え」……けだし箴言である。
閑話休題。コンクール一日目は午後に入り、吹っ切れた葛飾夢が好調な一方で歌川有は未だ迷いの中にあった。上手くいかない絵のことも、話にならないと戸谷に無知を見切られたことも。
休憩時間に小磯に尋ねれば、原色をガンガン使う野獣派こと「フォーブ」のことだと返ってきたが……つくづく自分のスタートが遅れ過ぎてることを実感する有だった。色は濁り、絵の具も乾かない、「何色」と「何色」を混ぜてどう置けばよいのか、正解がわからない―――そんな彼の内に、響く声が。
月岡英二郎「あがけ、少年・・・
悩みまくってあがきまくれば、必ず答が見えてくる……」
……そして有は、残り1日しかないというのに、丸三時間かけた絵を自分から拭き取って再スタートした。それを見た者達は驚き、呆れ、馬鹿だと断じた。しかしその後も彼を見ている者が居た……。
日は暮れて、最後まで残った有は顔も手も絵の具で汚れ……屋上で呆としていると「帰らんと?」と声がかかった。主は戸谷隼人。有の集中ぶりを見ていたという彼が改めて昼間の問い……人物画の肌に何故緑色が使えるのかに答えてくれた事には、
「色んな言い方ばでくっけど・・・
例えばこん手は「肌色」に見えても・・・
刃物で切ったら・・・真っ赤な血が出っどねぇ?」
曰く、肌は骨や血管、筋肉を覆っているだけであり、人の肌には何万種類の色が詰まっているのだと。ルノアールをある種突き詰めたのが「フォーブ」であり、青緑の寒色を影に入れ、彩度を下げず色の響き合いを生む……懇々と、楽しげに語る戸谷から、「この人はものすごく絵が好きなんだな」と今更に有は感得する。
聞けば境遇は夢に近かった。老舗旅館の長男で絵を反対され、東京の美大に現役合格できなければ旅館を継がされるのだという。だから結果を出さねばと必死で、昼間有に冷たい言葉を投げた事を謝るのだった。そして有が絵を描き直しているのを、心が弱いと思っていた東京人がと驚いたと。
「あいで・・・
お互い
受験戦記において、またコンクールにおいて誰もが敵かもしれない。しかし同じ道で腕を磨く友にだってなれる、と?
―――と、いうわけで、私は基礎云々知識云々の心配をやめることにした。山田玲司が何を描き、歌川有がどう歩み行くのかを、ただ見届ければよいのだ……。
(後日付記:30話感想はこちら)