ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第16話――《帆走/Wind Sail》


“恋愛危険条項1・「今この時だけでいい」と思うと未来は無い”

(第15話の感想はこちら)
 第16話「船出」(2月13日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。春季講習・油絵編一日目終了。予備校と恋愛の先達として有の師を引き受け、鋭さをいや増した青木先生節が主人公を揺るがし、戦慄させ、同時に強く背中を押す。他方、ラストカットは月岡弥生ブルータス回から少し間をおいての大ゴマである。あと第12話では出番が1コマだけといったが、実は2コマだった。


(あらすじ)有は師に問う。何を一番気をつけるべきかと。青木先生は弟子に説く。何より気をつけるべきは、「幸せ」であると。小さな幸せに満足してしまうと、神はそれ以上与える事をしなくなると。先達に恋愛を指南された有が意気込んで油絵の講習に向かうと、月岡にアプローチする小磯が袖にされて落ち込む所を目撃して仲間意識を感じる。
そして油絵講習が始まり、青木先生に指導されつつ一日を終えると、月岡弥生が声をかけてきて……?(あらすじ終了)


 女は「君以外何もいらない」と言われると喜ぶクセ、「彼女以外何も無い男」なんていらないんだよ、という言葉は確実に青木先生の体験談だと思われる。予備校講師として見てきた事例にもよくあるパターンだったのかもしれないが、実感籠りすぎて有を貫いた一撃が、諸刃で当人を切り裂いた気がしてならない。……かくも己の傷を抉ってくれたのは、有を見込んでのことか、過去を笑って話せる程に昇華できたからか、その両方か。
 恋愛以外の得手で以って彼女を惹きつけるべき、というのは至極納得のいく話。ただ、前回言われた「常に彼女より上に居る事」といい、(現状でも将来的にも比較にならない技量差があるとしても)究極的に有と夢が同じ専攻で同じ芸大を志望する競争相手である事実と……夢も反対する父親に成果を急かされている状況を鑑みると、青木先生の理論に穴は無くともそれだけでは通用しない事態になるかもしれないと密かな危惧がある。
 有は講習の結果で告白を決めようとしているし、夢も講習で成果を見せろと言われているから、講習の終わる時が恋愛としても受験としても一つの分岐点となるのだろう。正直、あと半年以上もあるのにどちらも急ぎすぎじゃないかと思うのだが……葛飾父の方は早めに娘の進路を“修正”したいとの考えなのかもしれない。


「君に自由は無いのだ…ピカソか何かが降りてきて暴走するだろうし…」
「君が今いる場所はどこだ?」
「君は美大に受かるためにここ(・・)にいる…台を見るたびにそれを思い出すんだ…」


 初日は各自自由に、とのことで「自由にやるのは得意だ」と張り切る有にストップをかけての青木先生の言葉。二番目の台詞は美術館〜芸大の時の東山光河の「俺たちは何だ? 受験生だ……」という言葉と位相を同じくする。『探査機はやぶささん』におけるミネルバさんの言葉もかな。
 美大芸大に合格するために受験に徹しろ……とまでは言ってないし、青木先生も今は恋愛と両立させるべく鍛えてくれているが、当初はどちらか選べという話だった。東山光河は本当に合格する以外に殆んど目もくれていないようだったが……彼は受験しか頭に無いのではなく、合格後にどうしてくれようかという存念が燻っているようであるので、「合格すれば何もかも上手くいく」という安易な考えとは無縁だ。
 一方でとにかく合格しないと人生が終わりだと思ってる有は、受験と同時に予備校での生活(主に恋愛)を充実させる事でこれを回避するタイプ。いやさ、合格と恋愛成就は別問題であるが……どちらかがコケたら両方駄目になりそうな性質故に、逆の意味で受験も恋愛も両方「上手くいかせないといけない」という難題に挑んでいるとも言う。


―――“混ぜていいのは三色まで”。まったく混ぜないとド下手に見える油絵の具、しかし混ざり易い為に濁ってドブ色になってしまう油絵の具の鉄則。青木先生はそれを自分、受験、好きな女の子という三つの問題に喩えてみせた。一人の人間に抱え込めるのはそこまでで、それ以上はオーバーキャパだと。
 しかしそんな話を聞かされた一日の終わり、帰途にかかった声の主は……月岡弥生。これまで何度か有と交流した才能ある少女。魅力的な四色目の色……。

 はたして彼女の話とは何か、もしや有の許容量が危うくなるような事態に発展しうるのか……揺るがぬ覚悟が試され続ける受験生活に、危難がまた一つ……?

(後日付記;第17話感想はこちら)