ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

《記憶の熟達者、ジェイス/Jace, Memory Adept》/『極黒のブリュンヒルデ』第32話

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「……やっぱり 外の世界は素敵ね」

「……やっぱり あなたバカね こんな奴が 私を支配しようとしていたなんて」


―――前回前々回と状況進行を遅らせたかと思いきや、不意打ちの急展開である。命を握られた状態で黒服に伴なわれて、寧子の追跡を開始したAA+の刺客・5210番まさかの速攻反逆成功で自由の身に。周囲の一般人を操るという手法は前から思いついていたものの、それが黒服に向けられるとは予想できなんだ。スカートたくしあげから続く話の前半がエロスというより凸凹珍道中の体だったが為、余計に。

 何が切欠だったか。中軽井沢から車で移動し、キカコと戦ったとおぼしき湖畔、更に市街地で通行人の記憶をスキャニングする5210番。彼女の魔法【視憶】は眼を見た相手の記憶を全てスキャンし、任意の記憶を消去できる。そして不意に彼女は見出すのだ―――部屋の中で椅子に腰掛けて、文庫本に眼を通す村上良太の姿を―――ツインテール1号・結花の記憶から! 制服姿で友人と歩いていた家庭教師良太のツンデレ教え子は、路上でインナー露出の美少女を怪訝な表情で通り過ぎていった。あぶねぇーーっ! と安堵していいものかどうか。見られただけだよな? 良太の記憶を消されたりしてないよな? 変な情報を書き込まれて感情を歪められてないよな? 良太の存在が5210番にとって何であるか*1が判らない現状、不安を覚えずにはいれないところだ。


「なぜ今更 そんなことを聞く?」
「もちろん……それが全部じゃないからよ」


 良太の姿がどういう動機となったかはさて置こう。彼女は追跡の同伴者にして監視者に確認する。己の魔法が何であるか知っているかと。【視憶】の情報を口にする黒服に、ここで彼女は秘された力を明らかにする。【操憶】、それは【視憶】とは別種の魔法であるのか、【視憶】を隠れ蓑にしていた本来の姿なのか。記憶を読み取り、消し去るのみならず、記憶を自在に書き込む事が可能な恐るべき精神操作能力*2
 魔女が真実を明かしても、黒服は己の優位に変わりは無いと考えていた。視線を遮断するサングラスを付け、少女の細腕では奪えないよう仕掛けもされている。彼女の眼を見なければどれほど強力な魔法であっても脅威たりえない……筈だった。事実そうには違いなかったが、問題は此処が彼と彼女の二人きりではなく、視線を遮断していたのは彼一人だったということだ。なんとなれば彼女は追跡任務の為、何十何百もの通行人と眼を合わせていたのだから。


「何も知らず私を人が沢山居る場所に連れ出した時点で・・・
あなたの負けなのよ」


 突如、通行人男性に殴りつけられる黒服。改竄された記憶が彼を身に覚えの無い怨みの対象と定め、周囲の男達に一斉に攻撃を受ける。懐の銃を取り落として袋叩きに遭い、サングラスを奪われ、ついに【操憶】の魔眼を直視させられてしまい―――それですべては終わった。5210番は拍手を打ち視線を集中し、何事もなかったかのように男達を解散させる。どこまで記憶を改竄消去されたのか、解放された黒服も彼女を気にせず歩き去る。これから彼は何処へ行き、何処へ帰るのだろう……。


「あいつら・・・一体なんてことを計画してるの・・・?」

「いって・・・まさかこのおれが 電柱に頭をぶつけるとは・・・」

「やっぱり・・・私の事なんて すぐに忘れてしまうのね・・・」


 そして黒服が記憶していた機密を丸々手に入れた彼女は、おそらく高千穂の「大願」に関わる計画に戦慄しつつ、去り行く背中に諦観を禁じえないのだった。すべては消え去った。命を盾にした上下関係も、道行きの僅かな会話も。自分がそうしたのだから、自分の力はそういうものだから。そうしなければ死ぬのは自分なのだから。


「アイスが食べたい」「は?」
「アイスが食べたい 別に甘えてるわけじゃない
糖分が沢山必要なの この魔法には」ダラー

「ホントかよ・・・」

「この近くで大きな街と言えば・・・」
鯛焼きが食べたい」「は?」
鯛焼きが食べたい この魔法には糖分が沢山必要なの」キラキラ
「……甘いものが食べたいだけだろが・・・」

「ねぇ」「ん?」
「私のこと忘れない?」「は?」
「……忘れるわけないだろ 忘れたら仕事にならないからな」
「……そう」
「嘘つき・・・」

「だったらどうすればいいのよ?」「大丈夫だよ」
「お前は可愛いから 歩道に突っ立ってるだけでみんな振り返る」

「…………」「どうした? 何とか言えよ」
「ひょっとして照れてるのか?」
「……」
「お前ホントに素直じゃないな」
「暑い 脱ぐ」モゾモゾ「は?」


―――安堵すべきなのだろう。危惧していた通りに黒服は銃を持っており*3、また5210番の魔法は直接受けずとも寧子達にとっては致命的な状況を生み出しえた。小五郎が再訪した際か、良太カズミが端末の確認に遠出しているタイミングでか、もしも二人+αに襲撃されたら……あまつさえその中に結花が混じっていたら、良太に再び消えない傷を刻み、少なからぬ犠牲を出す凄惨な事態となっていたかもしれない。あくまで悲観的な想像だけれど、それは回避された。
 界隈で期待されていたように、黒服から重要情報を引き出すことに成功もした。まずハーネストに設置されたビーコンの処理、自身で出来なければ自動イジェクトを防ぐ定時連絡方法。加えて鎮死剤の製造方法ないし貯蔵場所。少なくともこれらが無くては脱走しても命を繋げられない。知っていると確信した上での反逆でなければ短慮だが、機密に違いない「計画」に触れえた黒服、その辺の情報も持っている*4と考えてよいだろう。特に薬の情報は値千金を遥かに超える大事。理由は不明ながら、遠からず良太の前に現れるだろうことを考えれば、知らぬ内に迫る危機より一転状況打開に近づいたと言える。

 対策されなければ、否、対策されてさえ凶悪かつ回数制限の見えない対人能力+情報源。そんな都合の良い存在を岡本倫ドSが易々と合流させてくれるのか、研究所から更に厄介な刺客が現れないか、合流以前に寧子達と問題を発生させはしないか……よしんば合流が叶ったとして、その強力さに相応の危機が訪れるのではないか。あまりに危険な情報を抱え、事によると寧子か佳奈から更に取得するやもしれないフラグの重さに、早々に彼女が逝ってしまうのではないか。

 彼女の反逆によって助かった事実を、薄氷の上に立つ彼女をも気遣う余裕の無さを鑑みれば、素直に喜ぶところなのだ。初登場時はいかにもS気のする男で、キカコにお仕置きする事を楽しそうに宣告していた黒服。『エルフェンリート』の能宗ほどのMADは見せず、磯部*5ほどの人情も無いが、不慣れな保護者ぶり。どうしたって魔女の命を左右する側の人間で、実際それ故に反逆されたわけだけど。
 生かしては置けない。少なくともそのまま放逐はありえない。だからああせざるを得なかった。


……繰り言はここまでにしよう。要は、寂寥を感じていたのだ。後先の無くなった二人の時間に。寧子達の未来の方が大切には違いないけれど。それでも微かに惜しむ気持が残った。ただ、それだけのこと。

*1:前回、能力の符合から何かしら関係があるやもと考えが過ぎったが、もしや肉親だったりするのか。死んだ弟は実は妹だったとか? 記憶が改竄されて。それとも「事故死」後に生まれた腹違いか? 一見して良太は父親似の筈であるし。血縁関係でない場合は……まさかの一目惚れか? サイコメトリー型と判じた折、良太の言行を辿る事で惚れてもおかしくないとは考えたものだが。

*2:ただ、初出の折に課長たちから魔法を目撃・体験した記憶を操作した時点で、それくらいの力はあるのではとも考えていた。その時は、単に消去しただけだと黒服は思っていたわけだ。研究所及びイチジク所長にさえ知られず? だから寧子追跡に派遣され、黒服は不意を打たれる結果に。

*3:ことのあと、5210番が回収。これの使い道が何時誰を相手になるかも危惧の対象か。

*4:己が記憶を改竄される前提で取得情報を制限しているようには見えなかった。制限するとすればイチジク所長の側だろうが、その場合5210番の能力と反逆可能性を知った上で派遣したことになる? キカコクローン砲撃部隊を妄想した折に考えたような面従腹背の一貫として、脱走魔女達に強力な味方と支援情報を流した?

*5:マリコの体に仕込まれた爆弾のコントローラーを預かっていた蔵間の部下。マリコの芝居に騙され暗証番号を教えて殺される。