ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

「風の中にあるもの」

 前回中座したかと思ったライディング・デュエルの再開。ただし決着はつかず。良い塩梅に読み合いの応酬で、結果的にはアキへのプロモーションとなったか。何故頬を染めたし。キマシ
 理由とか何とか、そんなもん大会参加者は大体持っているし、程度比較で言えばシェリーのそれは過酷な部類かもしれんが、それが譲ったり従ったりする理由にはならない。ひいては如何なる理由も必勝を保障しない。「世界を守る証など……全てのデュエリストの魂の中にあるのだ!」ジャックアトラスは良い事を言った。最強のデュエリストなら誰が優勝しても最終的に問題ないんじゃね、と(曲解)。勝者が総取りというか、勝者が全ての願いを実現するだろう(無茶ぶり)。

 ZEXALの次、何時になるかもあるかどうかも知らないが、本当の意味で何処にでも居る何に選ばれた訳でもなくシンボルカードの一つも無く適宜デッキを取り替えて戦う一般人主人公になったりしないものかなー。タッグフォースだそれ。

―――あの場面で颯爽登場するなら我が友よ。シャーク妹を助け出しておまけに敵まで倒してくれなきゃ、何の為に現れたんだがわからないよ我が友よ。実際に起きた出来事でもまず妹は浄化の為に犠牲になったんだろうから、本当に意味がわからない。というかだ、ペガサス騎士にゴルゴンに鏡の盾に海の魔物に生贄の乙女にと、もろギリシャ神話のペルセウスアンドロメダがモデル。反面ドルべとペガサスの伝説はペルセウスとは全然違うし、現実でアンドロメダ役を助けたのはUMAだった。どうにも混ぜこぜ。女生徒に憑依してたゼウスだかポセイドンだかなおっさん精霊も、シャーク自身の記憶を呼び覚ますよう命じられたとか……今更ながらZEXAL世界の歴史とか根底とかが何気に現代と隔絶してるにも程がある。UMAの親父さんはそういう所に首を突っ込むのがライフワークだったのかもしれんね。

 そしてフル・アーマード・エクシーズ再び。映像表現としての創造性応用性に富み、今回は妹を象徴するナンバーズに兄のブラックレイランサーが鎧となり矛となり実に格好良し……ああ、応用が利き過ぎるせいかな。普段使いにすると作画班が死ねるからだろうか。アーマード・エクシーズがただの一度も再使用されなかったのはそういう理由だったのかね。