ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第23話――「足あと」/「Wing my Way」

稲葉「有・・・
失恋の痛みに一番効くクスリって・・・何だか知ってっか?
正解は・・・
人の失恋だべ!!」

(第22話の感想はこちら)
 第23話「人の失恋」(4月2日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。懸念するような事は何も起こらないかと思ったらそうでもなかった。しかし初登場時、あるいは登場時でも、稲葉君がこうも前に出てくると予想できた読者は居ただろうか……? 名脇役と思わせて青春白書に置き去りにされた小磯や、予備校がメイン故に出番の少ない漫研北島を押しのけて。


  • 歌川有:弁当屋の熟女に失恋して暴れる幼馴染リーゼント稲葉の友人に呼び止められ、上の台詞の如く稲葉に引っ張られて葛飾夢と東山光河の会話を物陰で盗み聞き。光河の先見性に戦慄。
  • 葛飾夢:講習最終日のコンクールでベスト3に入らないと、父親に美術系の予備校に通わせて貰えなくなる。無料で予備校に通える特待生制度について光河に相談するも、「もうベスト3に入ることを諦めてる」お前に美大はムリだと諭される。普通大学で学びキュレーターやアーティストをサポートする道を示唆されるが、「自分の絵」が描きたいと固辞。
  • 東山光河:「絵が好き」なだけじゃやっていけない、と夢に入学後のビジョン、自分がやりたい事を書き記した創作ノートを見せる。目指すはクリストの先。「みんなが画家にならなくてもいい」と夢に別の道を示し、自分をサポートしてくれと誘う。「歌川君みたいに」描きたいと言う夢に、あいつは絵の事を何も知らないから自分勝手に描けるだけだ―――
  • 稲葉:「何も勝負しないで逃げてきたやつのことなんか見るなよ」その言葉を聞くや立ち上がり二人の座るベンチに歩み寄って曰く……


 「おい・・・そこのモジャモジャ、今なんつった?」


……つくづく、主人公の技巧的な部分とは遠い所で話が急展開し続ける物語『アリエネ』、また先が読めない状況になってきまして。

 まず夢さん、貴女は月岡弥生とちょっとお話してみるべき。きっと新しい視座が得られると思う。また、人の目を気にして人に合わせて……「自分がいなくなってしまう」ことへの恐れ。第2話で感じた懸念と、彼女が有を羨む理由。それに対する光河の言は、イチイチその通りなのだけど、稲葉は一体何を言う積もりなのだろう。

 他方で東山光河。内に情熱を燻らせた優等生が、壁の無い同級生♀に腹を割ってみせた。そして迂遠にアプローチする台詞を吐いた。まあ、男子高校生が全く異性を意識しない方が解せない。または孤高に孤独に、受験道に邁進しながらも同胞意識が出たか。「みんなが画家にならなくてもいい」と言う表情にあらわれていたのは己の選んだ道の苦しみと、それでもその道を往くという決意か。

―――王道は常に渋滞。新書『非属の才能』の一節である。二人は美大受験とその先について、多くの人が同じようにして競争淘汰される最も倍率の高い道について語っていた。現状誰よりも先を走る光河、夢はボーダーライン上に居ながら脱落しかけている『受験戦記』のサバイバルレース。

 切符は白紙で行き先は自由、選択肢は無限。ただ、言うは易し……逆に考えれば、最も厳しいとされるこの“受験道”は、既に誰かが開拓し、誰もが目指そうとする整備された道と言えなくもないのだ。そしてその意味では、月岡弥生の反逆的志向の方がより困難な道とも言える。勿論それは光河の努力を無為とするものではないが……いつか彼が「勇気」という言葉を気にしていた、その真意。未だ明らかでない彼のバックボーンにその答えはあるかもしれんと憶測。


 ともあれ、なんにしても稲葉がどういう行動に出るかだ。この『美大受験戦記』において普通、関わりようの無いようにみえる彼の存在、彼の言葉。それがどんな意味を持つのか。

(後日付記:第24話感想はこちら)