ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

”あたしらは、いまふつうの状態じゃないんだ。ふつうの状態じゃないときに、ふつうのやりかたじゃまにあわないんだ。”――山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第4話感想

 巨匠モード、発動。

(第3話の感想はこちら)
 なんとはなしに文化の日に更新される第4話「やさしくしないで」(10月31日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。今回はこれまでより短め。前回の終わり、美大予備校の最初の授業で、主人公だけ別の課題を与えられた場面からスタート。球体に円錐に立方体に……幾何学の基礎らしいそのデッサンを指示する青木講師の意図とは何か?

(あらすじ)小磯君*1の助言で「そっとしておかれて」「いない人になる」未来を回避すべく真剣に課題に挑むも、第1話の時のようにどう描いても真っ黒になってゆくルドン*2の悪夢*3が再来。進退窮まった有の中でスイッチが入る*4と――その時、(有の脳内で)不思議な事が起こった。彼の心象宇宙幾何学が踊り、絵を描きながら歌い出す。注視していたらしい月岡弥生も東山光河も呆気に取られる(葛飾夢はなにか楽しそうだった)。ともかくも小磯のツッコミで精神が地球へ帰還する主人公。描かれた絵はとても普通のデッサンではないが、彼はこれがいいという自信があった。そしてそれを見た青木講師は「ニコッ」と微笑み……さて、評価は?(あらすじ終了)


――普通(に見える)人が普通じゃない、あるいは普通未満の者をどう扱うか、規格外の存在をどう測るか? それが今回また多分に次回の核心じゃないかと推量する。また青木講師は有の「巨匠」ぶり、またその自信がどれほどのものか知る為にあの課題を与えたのではないかとも憶測する。もし有が普通の描き方に安んじようとしたならば、小磯の懸念通り「やんわりとやさしく」して埋没させるだろうとも。

 美術の経験が不足しているのか才能のベクトルが違うのか、予備校の同級生に比べて圧倒的に「絵が下手」な有が取れる選択肢は二つ。
 ひとつは頑張りの上に超頑張り、「皆と同じように」上手く正確に描けるようになる(なろうとする)こと。
 もうひとつはあくまで才能を信じて自分を貫き、「好きなように線を引き続ける」ことだ。

 どちらにしても容易な話ではないが、有の選んだ道は後者。ある意味で、前回の時に感じた『スラムダンク』『はじめの一歩』的な「初歩から積み上げていく」ステップはこれで立ち消えとなったように見える。且つこの選択は、何の為に予備校にやってきたか? 美大に入れる絵を描けるようになる為ではないのか? という問題をのぞかせる。

 彼自身はアートを志す人たちと共に学ぶことを幸福に感じているし、幸いにして彼に刺激を与え彼が刺激を与えられる存在も居れば、何より惚れた女性も居る……。けれど予備校の中で「そうあり続ける」ことが簡単な話には思えない上、それで美大に合格できるのか、という事だ。実際の美大の合格基準がどうなっているか私は知らないのだが、有のようなやり方で行こうとしたら相当の稀少種ではないだろうか。またそれだけで大丈夫なのだろうか? 疑問符ばかりが積もるな。信じる心が弱いからだろう。
 いつか必ず来る受験という非情な競争にあって、有は「自分を信じ続ける」事に加え、もう一段何かを加える必要に駆られるのかもしれないと、中盤以降のことを推測する。

 「ありのままでいい」という言葉も、「変化し続ける」という言葉も、ありふれて陳腐。両立可能か否か……「やってみなければわからない」。ううむこれも使い古されているな。言葉が新しければよいというものでもないが。
 どうやって、どうなるか。その先を、どうするか?

(後記付記:『アリエネ』第5話感想はこちら)

*1:物言いは率直だが彼は本当に良い人だな。周囲の「ザッツ美術部」より面白い「巨匠」がここで消えるのがもったいないと思ったのかもしれないが。

*2:初期は真っ黒い絵ばかり描いていた人物とのこと。

*3:木炭デッサンで消しゴムに食パンを使うことを知らなかったため。

*4:脳内で芸術家の祖父が叫ぶ。「ボーイズ・ビー・フリーダム!!」と。