ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第19話――《綿密な分析/Deep Analysis》、《はね返り/Recoil》


月岡「もーあったまきた・・・やっぱり脱ぐっ!!」

(第18話の感想はこちら)
 第19話「脳内漫画プロファイル」(3月5日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。まだ月岡弥生のターン。そろそろ終わるかと思ったら終わらない、どころじゃなくなってきた……お父さんが戸口で見てる。


 人物画の本質は内面外面のすべてを描く事。しかし漫画好きを意外に思ったように、自分は彼女の事をほとんど知らない……。そんなわけで幾度目になるか、有の心象空間で脳内会議開催。彼女が好きな漫画家からその内面を探ろうということになり、局所的にこれまで山田玲司に見覚え無い劇画調模写が混じりつつ、


 この歴々から共通性やら、惹かれた理由やらをプロファイリング。サブカル系であるとか、「愛想笑い」をしなさそうな面子とか、手塚治虫は「黒い方」が好きであろうとか……そんな風に考えながら描いていたせいか、素描は半ば以上つげ義春風にオノ・ナツメ風、ジョージ秋山風の代物になってしまうのだった。唯一普通に描けたデッサンも「服のシワで体の形を誤魔化してる」と不満らしく*1……かくして例の台詞が飛び出たのである。
 アートに、自分の信条に妥協をしない性質と言えばよいのか。自分から積極的に脱ごうとするモデルに有は再び放心し……ついに帰ってきた父親、月岡英二郎氏はアトリエの戸口から見てしまうのだ。自分がモデル兼愛人を裸にして描く台の上に立ち、同年代の男の前で下着姿になった娘の姿を。

「さーて、始めるわよ・・・」
「「何を――!?」」


――意図はどうあれ、やる気満々*2のモデルにこれを描くべき予備校生も、見守るプロ画家も固まっている。速水遼平の時とのベクトルの違いは、乱入する大人また先達として月岡父のキャラクターに、今の所は厳格なものを感じないせいもあるかもしれない。また娘が強烈に主張を続けている為でもあるか。
 彼は劇中3人目の「父親」であるが……酒に酔ってたり愛人が複数いたりと、歌川父や葛飾父とは表面上真逆な属性。人物画の大家でもあり、今後速水遼平青木先生に次いで有に影響力を持つ、かも? 現状では娘さんの方が圧倒的に存在感ありますが。


「バカみたい。アートに上も下もあるわけないのに・・・」
「でも…あたしはちゃんと…自分(・・)を持ったまま…あたし(・・・)のまま合格してやるんだ…」


……いつだったか、東山光河の受験生としての覚悟は月岡弥生の先を行くもの、と考えた事があった。状況に順応しながらも内なる熱情を燻らせ続け、それを解放する為の最善を突き進む。バックボーンは未だ描かれていないが……現状最も受験生らしい受験生であり続けている。優等生の仮面を被りながら研鑽を続ける。
 一方で彼女の受験は、根底からして違うものだ。画壇の権威とサブカルの蔑視が「ムカつくから」、自分の無い技術だけの絵が合格できる事が気に喰わないから。父に美大にも入れない負け犬と言われる*3のが嫌だから……入ってから辞めてやるつもりでいる。隠そうともしない反逆思想。

 芸大に入りさえすればどんな絵を描いても文句は言われないと考えている男と、絵が好きで描き続けたいと思うが美大に入る事を望まない女。

 両者にとって美大合格は同じく手段にして目標であるが、目的の内実がまったく異なる。この二人が腹を割って話し合う、なんて場面は今の所ありそうに思えないが……受験生として彼らの背中を追いかける立場の有からすると、どういう風に見えているだろう。そういえば、人生を賭して目指している美大、その権威を蹴り飛ばすような発言に反感を抱いた様子も無い。むしろ月岡弥生らしいと?

……彼自身の目的と過程、結果の先の問題はいつの事になるだろう。そんな近くて遠い話。

(後日付記:第20話感想はこちら)

*1:そもそも東山光河に突きつけられた、デッサンが未熟という技巧的課題も消化できてなかったのだが。

*2:顔を朱が散る程度の羞恥心はある。幸か不幸か。

*3:実際、言うような性格なんだろうか。権威云々の話といい、彼女の父親像は多分にバイアスかかっている事は間違いないように憶測される。