ALORC-Bottle-Craft-512-Logbook(Ⅱ)

AよりRへ。記録を継続する。(二冊目)

山田玲司『美大受験戦記 アリエネ』第9話――”天地は乖離し”、二人で描く《太陽と月の輪/Wheel of Sun and Moon》

美大受験戦記 アリエネ』第1巻は来年1月30日発売予定!

(第8話の感想はこちら)
 第9話「アリエネ」(12月5日発売ビッグコミックスピリッツ掲載)。物語の途上でタイトルと同じ副題というのはアニメ『フタコイオルタナティブ』の第9話を想起する。哀しみの底から「オルタナティブ」へ向かう前。まあ雰囲気は真逆で、同作者の漫画『ココナッツピリオド』で教授の問いに主人公が「夜は寝る!」と答えてそれが正解だったエピソードに似て非なるものを感じる。


 スランプ状態だという芸大助教授・速水遼平の問いに対し、歌川有はどう答えを出したか。
 それは猛烈に感覚的で単純かつ抽象的で、私の貧弱な解釈力で文章化するとたちまち陳腐になってしまうので詳細は語らずにおく(逃げを打った)。そんな訳で最近は全然粗筋じゃなかったし省略。

 結論から言えば

  • 油絵の描き方・道具の使い方も知らない予備校生が速水助教授の心を解きほぐし、
  • 主人公は「芸大に入って」「速水のような人の元で絵を描きたい」という動機を得た。


 一石二鳥の出来過ぎな展開と言えなくもない。素人の……否、技量はさて置き絵に関しては有とてそこそこの年月を重ねている、その考えや想いが予想外の角度から悩める先達に届いた。そういう事がありえないとは言わない。
 しかして二人の心情の外、心の持ち様がどうあろうと変わらない事実が有には立ち塞がる。ただでさえデッサンに苦戦しているというのに、
”とにかく美大に「入らなければならない」”、から
”「美大の東大」たる東京芸大に「入りたい」”へとハードル/競争率は段違いに跳ね上がった。
 第4話冒頭で美大受験の厳しさが語られ、第7話で芸大のヒエラルキーの高さが示され、何をどうしたって今の主人公が太刀打ちできるレベルでないことは明らかだ。

――つまりは、此処からが本当の受験戦争、本当の地獄の始まりだという事である。毎年どれほどの人間が芸大を目指して日夜努力し、届かずに挫折し、また浪人しているのか。幾多の競争相手*1と、限られた合格枠を奪い合う事になる。その選択の先に待ち受ける非情を、過酷さを有は未だ知らない。


 ただ、見方次第で変わることもある。物の本や物語でよく言われるように、アリエネの第1話でもそうだったように。
 将来を追い詰められ「入らなければならない」という理由だった状態から、積極的に「入りたい」という動機を得た。目標は「芸大に入ること」で、目的は「自分を認めてくれる人の元で絵を描きたい」。その為なら血反吐を吐いてもデッサンに打ち込める……はず。そんな動機ができた事は精神的に非常に大きい。第5・6話の感想でキツくてつまらないデッサンに立ち向かう動機が手に入ればとか言ってたが、期せずそれは達成された。高すぎにも程がある目標設定と共に。有の今後の美大受験生活はどういう有り様となり、周りの人間はそれをどう受け取るか。それが注目されるところ。
 そしてその中で、排除されし「アリエネ」の力、「非属の才能」がどう働く事になるかも、また。

 最後に、一連の目撃者である二人の芸大生の片割れ、眼鏡をかけた「宮内」*2が感心した情景にまつわる”古代中国”云々は、細部は違えど「盤古」創世神話から採ったものと推量する。その太陽と月が刻まれたアトリエで、黙って煙草を吸う速水遼平と彼を見つめる夢が今回のラストカットだが……はてさて?

(後日付記;第10話感想はこちら)

*1:その中にはおそらく東山光河も、あるいは小磯一郎も月岡弥生も池田水菜も、多分に葛飾夢も含まれる。

*2:wiki調べでは「宮内康」くらいしか思い当たらない。彼も有を認めたっぽいし、もし後々の重要キャラだとすると別に由来がある可能性も。この姓は何故かスポーツ選手や小説家が多いように思う。